導き Ep92
お二人の施術を終えて帰り支度をしていた時でした。
乱雑に置かれた書類の中に古いスケッチブックを見つけて開いてみました。
中には、人物のデッサンが沢山描かれていました。
「これ誰が描いたんですか?」
「若い時、プロの先生に習っていたことがあるんです。その時に描いたものです。」
その中の一枚に目が止まりました。
「これは誰を描いたのですか?外人ですよね!」
「もう忘れましたがフランスの女優さんだったと思います。」
私はその絵が気に入り、コピーさせてもらい額に入れて治療院に飾りました。
患者さんから「あの絵は、先生が描いたのですか?」とよく聞かれました。
それからです。往診に行くたびに新しいデッサン画が増えていったのです。
「これ描いたのですがどう思われます?」
「いや~最初のあの絵の方が好きです!」と毎回答えました。
そんなやりとりが続きました。
令和1年にお母様は、孝行息子に看取られて天国に旅立たれました。
その後も時々往診の依頼がありTさんの施術をしに行きました。
以下Tさんからのメッセージです。
介護中もデッサンぐらいは、描いていましたが油絵は、20年ぐらい描いていなかったのです。
母が亡くなって、四十九日が済んだころから鬱になりました。
夕方がとても辛い日々でアルバイトもしましたが、もどしたりして続けることができませんでした。
このままではダメな人生になると思いました。
若い頃デッサンを描いていた所にふっと寄ってみました。
覗いてみると若い女性が一緒に石膏デッサンを描きましょうと誘ってくれました。
半年ぐらい描いていたらそこの指導者の方が人体人物を描くことをすすめて下さり、そこで油絵と久しぶりに再会して毎日通うようになりました。
また別の画家の先生にある展覧会へ出すことを勧められて、入選しました。
今は、公募展に出す絵を製作中です。
何人もの画家の方、モデルさんのお蔭で何とか社会生活ができるようになりました。
絵を描くことがなければ、今も引きこもり状態が続き、本当の病気になっていたと思います。
僕は母に感謝しています。
僕が不幸にならないように母が導いてくれたと思っています。
To be continued.